著者:吉田 麻子
最近の自分の話
少し久しぶりの投稿です。
今年の冬は寒かった。
体で感じるよりも、心でそう感じた。
とてもとても寒かった。
将来のこと、お金のこと考えすぎて、とてもつらくなってしまう。
いろいろな本を読んできたけど、今の悩みに本の知識で対抗できない。
きっと本の知識がまだ僕の血や肉になっていないのだと師匠にも言われた。
だけど、悲観し続けることはないと強く思った。
とりあえず、「今を」生きようと思わせてもらえた。
ありがとう。
本の話
それでは本題に。
プロローグで泣いちゃいました。
主人公のありかは周りと違うことで、学校のクラスメイトからいじめを受けます。
そこで我慢を重ねていたありかは限界を感じ、自殺を決意します。
そこがものすごく悲しくて寂しくて。
僕の家庭教師という仕事は
学校という一種の閉じられた空間から違う空間へ、少しの間ではあるが生徒を連れて行くことができる仕事の一つだと思っているので、
もし現実にもありかのように思う人がいて、学校という空間がつらいなら、何かできることはしたい。
そう思っているから読んでいてそこで泣いてしまいました。
この本では、魔法が七つ登場します。魔法ってファンタジーのように火をだしたり、風をおこしたりとかを想像しますが、全然そうではなく、私たちがもともと持っている力だと感じました。
主人公のありかは自分と向き合うことでその魔法を習得していく。
いや、もとからある自分の輝ける力を取り戻していったのだと思います。
僕で言えば、大人になるにつれて、少しずつ零れ落ちてしまったものだったりするのかもしれません。だから私たちも思い出すだけでいいのかもしれん。自分と向き合いながら。
自分の輝ける力を
これ以上、零れ落ちないように。
自分を大切に生きていきたい。
そして、力を取り戻したり、また零れ落ちて、忘れていったりしながら、生きていくんだろうなと思いました。
印象に残った言葉
人が自ら死を選ぶときは、強い憎しみや悲しさからではなく、エネルギー不足の極みからくるものだと思った。
登場人物:望月 ありか 著者:吉田 麻子
みていてつらかった言葉。自分もエネルギー不足になることはある。
不足している時に、人とのつながりの中でエネルギーをもらうことがある。
やはり、気やエネルギーや心の交換を人は無意識に、自動的に行っているのではないだろうかと思う。
だから、「人間」と書くとよく聞くが納得がいく。
言葉に詰まって何も言えなくなった。毎日が恐ろしいものになってからは、こんな幸せな時代のことは思い出したことがなかった。人生は、最近始まったのではなかった。最近の苦しみが濃厚で、それがすべてだと思っていたが、その前にも人生はあった。毎日がずっと連続していた。その毎日を丁寧に育ててくれた両親がいた。それらを享受して生きている自分が毎日存在していた。
登場人物:望月 ありか 著者:吉田 麻子
自分はよく忘れてしまう。苦しいことばかりを思い返し、あたかもそれがすべてであると思い、生きてしまう。でも、この本を通して、ありかを通して知ることができた。
「その前にも人生はあった。」
この言葉がとても好きだ。
自分が愛に満ちたとき、被害者である認識は薄くなった。誰もが幸せであればいいのにという気持ちだけがそこにあった。
登場人物:望月 ありか 著者:吉田 麻子
まさにそんな気がする。自分に余裕がない時ほど、他人と比べて、「ああしなきゃ、こうしなきゃ、こうすべきだと」と思う。被害者とまでは思わないが、勝手に敗北者になっている自分がいる。
どうかできるだけ長い時を愛を抱いて、生きていきたい。
まあまあ、恥ずかしいようなことを言ってますが、今日はこれぐらいで。
素敵な本でした。